カウンセラーの語る死別の体験 うつの経験

千葉県船橋市にあるクライシスカウンセリング専門の相談室のブログです。

その23  カウンセラーを諦める?

入院中の楽しみは喫煙室でタバコを吸うこと。入院友達もでき、いろいろな話をしました。

躁うつ病で入退院を繰り返す方
自殺未遂を繰り返す方
病院内で明らかに普通ではない行動を繰り返す方

こうした人たちと接していて、いわゆる「心理学」の勉強もなんだか虚しくバカバカしく思えてきました。

心理学と言ったところで、「病」のリアルな現実の前では無力であり、自分がそれまで「勉強」してきた知識などほとんど役にはたたないことを感じ始めていたのです。

注 これは中途半端に勉強をしていた者の感想であって、本格的に勉強を続けてきた方は実際に治療の場でも力を発揮して活躍しておられます。
体力はだいぶ回復してきたのですが、「退院してからどうする」という問いに答えはありません。
と言って、退院したあと再度大学院を受験する気持ちにはなれませんでした。すでに会社を辞めているし、何をして食べていこうか?

そんなある日、担当の医師から言われました。

臨床心理士の資格を持っている人は実はどこにでもいますし、うつなどを経験したの中にもそうした経験を肥やしにしてカウンセラーを目指す人はたくさんいます。でもカウンセラーになるなんてお勧めできません。退院したら、いままでよりも負担が軽めの仕事に就いたほうがいいでしょう。」

私の目はテンになっていたと思います。

その22  入院を決心する

大学院の受験を断念し、おとなしく医者に通い始めた私に、ある日お医者さんが入院を勧めてくれました。

「日常生活の憂いから離れて、入院してみたらどうですか。入院しても外出は自由だし、入院してしまえば『現実』は追いかけてこないですから。」

あまり気が乗らなかったのですが、今回は医師の勧めにしたがって精神病院に入院してみることにしました。

しかしこの入院を転機に、なかなか治らなかったうつも回復に向けて大きく動き始めました。

病院での生活は退屈そのものです。

テレビも見れない、雑誌も読めない、携帯電話も持ち込み禁止・・・外出も実際には禁止でした。
結局一日中横になって寝ていることしかできないのです。

最初のころはじっとして、寝ていることが辛くて辛くて・・

でも入院3日目をすぎると、あきらめがついたのか、体がなじんできたのか、急に疲れを感じはじめて横になっている時間も増えていきました。

でも結局、この「何もしないで横になっている」という経験が良かったのかもしれません。
それまでは少し良くなるとすぐに仕事に復帰し、活動をはじめていたため、うつを中途半端な状態で抱えることになってしまっていたと思うのです。

休んで少したまったエネルギーを、すぐに動いてしまい使い果たしてしまう。結局心身の不調は良くなったり、
悪くなったりを繰り返してしまう。こういう状態は自分自身でも「良くなっているのか、悪くなっているのか」という迷いに繋がります。

ところが入院してしまうと、少し元気になった(と感じた)からといって動くことはできません。
おとなしく寝ていなければなりません。こうしてエネルギーを回復していったのだと思います。

その21 一日10時間の受勉強験

会社を辞めた私は早速、臨床心理士の資格について調べはじめました。
まず、資格取得が可能な大学院に入学する。

健常なときであれば、このような非現実的な人生の目標を立てたりはしないのでしょうが、当時は病のために判断力が落ちているうえ、「早く元気になりたい」という焦りの気持も大きくなっています。休職後少し体力を回復してきたこともあり

そのために、大学院受験用の予備校の通信講座に申しこみ、テキストを購入し・・・
「試験によく出る英単語」をまた買ってきて、英単語を丸暗記し、高校生向け・・・
フロイトユング、ロジャースなどの初学者向けの入門書を読み・・・

朝から家にこもり、黙々と勉強を続けます。一日10時間は机にむかったでしょうか。

久しぶりの受験生としての生活は、それなりに面白く、新鮮であり充実していました。
最初のひと月までは・・・

勉強をはじめてひと月ばかりたったころでしょうか。
また頭が重たく、重たい疲労感がぶり返してきました。

机に向かっていても集中もできないし、頭もまわりません。

勉強を始めたとき、ちょうど会社を休職していたあとでしたから、ある程度体力は回復してきていたのです。
そんなときは短い期間であるなら、無理は効いてしまいます。

しかしちょうどひと月たったところで、少し回復して取り戻したエネルギーの貯金を使い果たしてしまったのでしょう。

休養しある程度回復したところで少しづつ日常生活に慣れていけばよかったのでしょうが、無理に勉強などして
エネルギーを使い果たしてしまったら、もう動けないのです。

医者に行ってみると「受験勉強をストップしてください」との指示。
言われなくたってこんな状態では受験を断念するしかありません。

会社に残っていれば、とりあえず食い扶持には困らなかったかもしれませんが、会社は
とうに辞めていて、収入がないうえに体を壊していまい、招来の展望を失い・・・

私は途方に暮れてしまいました。

その20 会社を辞める

「心をケアする仕事がしたい」

この本のタイトルに妙に心を惹かれてしまい、迷うことなく購入し夢中になって読み始めました。

「今まで、ずっとモノを売り、お金を儲けることに一生懸命になってきた。でももう営業はできないのだし、
ここで人生の方向を変えてやろう。」

そんなことを考えた私は心理系の仕事について調べ始めます。

私はすっかりその気になってしまいました。

「人生の方向転換をする」というビジョンに夢中になってしまったのです。

ところで・・・・

このときの自分の決断が正しかったのかと言えばそうではありません。

むしろ大きな失敗をしたと今では考えています。

確かに今はカウンセラーとして活動をしておりますが、だからといって、体調が悪く、現実を吟味する能力が著しく落ちているこの時期に「会社を辞める」などという「大きな人生の決断」などするべきではなかったのです。

うつ状態」のときには、「自分が生きている意味」を真剣に考えてしまったり、「なぜ生きているのだろう」という問いに苦しむことがよくあります。

この時の自分がまさにこんな状態だったのでしょう。

しかし、私は勢いに任せて辞表を提出してしまいました。

臨床心理士の資格を取得する。そのために大学院を受験する」

こんな無謀な目標をたてて実行に移し始めます。

思えばこの誤った決断のおかげで、私は大きな人生のピンチを迎えることになります。

その19 人生の方向性を変えてみる

休職も三度目になると、もういい加減「あきらめがつく」というか、「投げやりになる」というか・・

「もう営業としては使ってはもらえないだろうな」ということが自分でもわかりました。

休職中は自暴自棄になっていたと思います。

もはや家でじっとしていればよかったのでしょうが、朝から家を出てほっつき歩いていました。

こんな調子では回復するわけがないのです。

それはわかっているのですが、「もう営業はできないかもしれない」という悔しさやら、憤りやらでじっとしてはおられなかったのです。

「やっと念願の部署につけたのに・・・」

「今までずっと頑張ってきたのに・・・」

「体調の悪さはいつまで続くのだろう・・・・」

「もう治らないのかな・・・」

不安やら憤りやら情けなさやらで、日々暗い海の底で過ごしているような気分でした。

「もう会社をやめてしまおうか。」

「でも辞めたところでアテはないし・・・」

そんなある日、ふと本屋に立ち寄って一冊の本を見つけます。

「心をケアする仕事がしたい」というタイトルでした。

この本との出会いが私の運命を大きく変えていくことになります。

それはいい方向ではありません。

極めてリスクの高い、無謀な方向へ走り出しはじめたのです。

その18  ボロボロでも働く

再度の復帰を果たしたものの、ものの1週間で具合が悪くなりました。

うつ状態が悪くなっているのがはっきり実感できました。

朝、「外回り」と称して会社を出たら、すぐ人目につかない公園に直行、公園の横に車をとめてそこで午前10時くらいから車の中で昼寝をします。

得意先のリストはありましたので、ときたま電話がかかってきたら対応るだけ、夕方近くまで車で寝たら、夕方
何食わぬ顔をして会社に戻ります。

もはやこんな状態では、仕事を放棄しているのと変わりません。

今にして思えばものすごくおかしなことをしていたのですが、当時はそんなことに思いを巡らせるような余裕はありませんでした。

うつ状態のときには元気でいたときには絶対やらなかった非常識な言動をとったり筋の通らない、理不尽な行動をとったりすることがあります。

人間が「別人化」してしまうこともあるのです。

このときの私がちょうどこんな感じだったのでしょう。

仕事をさぼっていることは周囲もうすうす気がついていたのでしょう。

わたしはだんだん職場に「居づらさ」を感じていました。

そして私は3度目の休職に入りました。

その17  仕事へのしがみつき

その17  仕事へのしがみつき

 

2度目の休職中、上司が医師を訪ねてくれたようです。

 

「体調がずいぶん悪いようだが、具合はどうなのか?」

 

「今のようにストレスが大きい職種が本人の負担になっていないか?」

 

「本人の配置転換は症状の改善に効果があるか?」

 

そのようなことを訪ねてくれたようです。

 

こうして気遣いしてくれたことは、とても感謝しています。

今にして思えば職場に恵まれていたのです。

 

でも当時の私はそれがわかりませんでした。

 

「配置転換」という言葉が上司から出たことに大きくショックを受けてしまいました。

 

仕事って当時の自分にとってはとても大切なもので、会社の中でのポジションを失くしてしまうと人生の生きがいそのものを失くしてしまう・・・当時の私はそんなことを思っていました。

 

うつ状態のときにはとにかく自信がないのです。

頼りない自身を補強するために、「様々なもの」にしがみつきがおこります。

 

人によってはお酒だったり、ギャンブルだったり、得意なスポーツだったりするのですが、仕事にしがいついて

離れなくなることもよくあります。

 

仕事量をセーブして、リハビリをすればいいのですが、どうしても無理に仕事をすることによって自信を補強しようとするのです。

 

うつ状態になると、視野がどんどん狭くなります。

家族や職場の好意や親切にも背をむけてしまいがちです。

 

こうした視野の狭さも手伝って、結局私はうつ状態を長引かしていたのでした。

 

私は再度復帰を希望、また再度の復帰を果たします。