カウンセラーの語る死別の体験 うつの経験

千葉県船橋市にあるクライシスカウンセリング専門の相談室のブログです。

その26 退院して、今後はどうする?

入院してだいたいひと月半くらいだったでしょうか、無事に退院することになりました。
退院したけれども、特にやることなどありません。

仕事はすでに辞めてしまったし・・・

今更大学院を受験する元気もないし・・・

カウンセラーはどうしよう・・・あきらめようか・・・営業として再就職しようか・・・

退院当時はなんだか力が抜けて、別に将来に向けて焦る気持ちがあるわけでもなく、家で二月ほどゴロゴロしながら、漠然と将来のことを考えていました。

うつから抜け出しはじめると、ゴロゴロしてリラックスできる時間を安心して過ごせるようになるようです。また、リラックスした時間に慣れてくると、逆に思考回路もよく回り、冷静な判断もできるような気がします。

思えばうつ状態にあったときは、常に何かせかされているような気がしました。
じっとしていることが辛いというか、何か動いていないとダメになる気がしていたのです。

休養中に休むことができず動き回ったり、回復する前に焦って復職して体調を崩したり・・
そういった、「負のスパイラル」から抜け出すことができるようになったのかもしれません。

私は再度、カウンセラーという職業について調べ始めました。
臨床心理士のほかにどのような資格があるのか、カウンセラーとして食べていくにはどのような方法があるのか・・
時間はたっぷりとあるので、ゆっくりと考えることができました。

結論は二つ。
半年後に開講する産業カウンセラー協会の「カウンセラー養成講座」を受講すること。

とりあえず正社員をめざすのではなく、アルバイトで収入をえること。
私はとりあえずアルバイトを探すことにしました。

その25 一時帰宅とセカンドオピニオン

もうすぐ退院という日が近づいてくると、「一時帰宅」の許可がでます。
二泊三日で家に帰るのです。

病院からでて歩いていると、体に力が入らなくなっているのがわかります。

「ああ、一日中寝ていると、こんなにも体力が低下してくるんだな」

「元気があたりまえ、体力があってあたりまえ」という自信のようなものが揺らいでくるのを感じました。
子供は父がいると嬉しいらしく、くっついて歩き離れません。それは父として嬉しいのですが、なんだかとっても疲れてしまいます。体力の衰えを実感してしまいました。

でも疲労を感じるのは当たり前の感覚なんですよね。

また、病院内でセカンドオピニオンを求めたのもこの頃でした。

「なぜ、ガムシャラに働いてはいけないのか」
そこは、やはり納得できない部分がどうしてもあったのです。

「『ちゃらんぽらん』になってください。『ちゃらんぽらん』に生活するくらいがちょうどよい加減なのですよ。あなたの主治医の先生はそれを伝えたいのだと思います」

ちゃらんぽらん・・・
なんだか妙に腑におちました。

実際、一時帰宅をしても力は入らないし、いくら力んでも思うように力を発揮できない・・・
あきらめがついたというか、ダラダラとした生活に体がになじんだというか・・・

それ以後は病院内の生活もだいぶ落ち着いていました。
そんな日々をすごしつつ、退院の日を迎えます。

その24  医師と闘う

医師の説明は続きます。

「今までは無理に無理を重ねて、がむしゃらに働いてきたのでしょう。これからは仕事をセーブして、力の抜き方を覚えていかないと回復は難しいと思います」
私は無言で医師の説明を聞いていました。


診察を終えてベッドに横になっていたのですが、ふつふつと怒りが湧いてきました。
それまでの自分の「生き方」や「頑張り」を否定されたような気がしたのです。

体力的にしんどくても、どんなに辛いことがあっても、自分は仕事に関しては手を抜かず、全力を尽くしてきた。どんな時でも根を上げず、常に求められる結果を出してきた。
自分にはそんなプライドがありました。
そのプライドを否定されて、平静な気分ではいられません。

「あの医者と闘おう」

決意を固めて、私は看護婦さんを通じて、医師に面会を求めました。
これからどんな治療をしていくのか、なんでがむしゃらに仕事をしてはいけないのか
それまでため込んでいた怒りと不満を医師にぶつけてみたのです。

医師は平然として説明します。

「うつから回復したとしても、回復後にまた無理をしてしまった挙句に体調を崩し、また病院に舞い戻ってしまう人が多いんです。以前のように無理を重ねていたら、回復しては病院に戻りの繰り返しになってしまいますよ。」

私は反論らしい反論もできずに、そのままベッドに戻りふて寝しました。
「闘う」といっても何もできず、何か釈然としない思いだけが私の中に残りました。

その23  カウンセラーを諦める?

入院中の楽しみは喫煙室でタバコを吸うこと。入院友達もでき、いろいろな話をしました。

躁うつ病で入退院を繰り返す方
自殺未遂を繰り返す方
病院内で明らかに普通ではない行動を繰り返す方

こうした人たちと接していて、いわゆる「心理学」の勉強もなんだか虚しくバカバカしく思えてきました。

心理学と言ったところで、「病」のリアルな現実の前では無力であり、自分がそれまで「勉強」してきた知識などほとんど役にはたたないことを感じ始めていたのです。

注 これは中途半端に勉強をしていた者の感想であって、本格的に勉強を続けてきた方は実際に治療の場でも力を発揮して活躍しておられます。
体力はだいぶ回復してきたのですが、「退院してからどうする」という問いに答えはありません。
と言って、退院したあと再度大学院を受験する気持ちにはなれませんでした。すでに会社を辞めているし、何をして食べていこうか?

そんなある日、担当の医師から言われました。

臨床心理士の資格を持っている人は実はどこにでもいますし、うつなどを経験したの中にもそうした経験を肥やしにしてカウンセラーを目指す人はたくさんいます。でもカウンセラーになるなんてお勧めできません。退院したら、いままでよりも負担が軽めの仕事に就いたほうがいいでしょう。」

私の目はテンになっていたと思います。

その22  入院を決心する

大学院の受験を断念し、おとなしく医者に通い始めた私に、ある日お医者さんが入院を勧めてくれました。

「日常生活の憂いから離れて、入院してみたらどうですか。入院しても外出は自由だし、入院してしまえば『現実』は追いかけてこないですから。」

あまり気が乗らなかったのですが、今回は医師の勧めにしたがって精神病院に入院してみることにしました。

しかしこの入院を転機に、なかなか治らなかったうつも回復に向けて大きく動き始めました。

病院での生活は退屈そのものです。

テレビも見れない、雑誌も読めない、携帯電話も持ち込み禁止・・・外出も実際には禁止でした。
結局一日中横になって寝ていることしかできないのです。

最初のころはじっとして、寝ていることが辛くて辛くて・・

でも入院3日目をすぎると、あきらめがついたのか、体がなじんできたのか、急に疲れを感じはじめて横になっている時間も増えていきました。

でも結局、この「何もしないで横になっている」という経験が良かったのかもしれません。
それまでは少し良くなるとすぐに仕事に復帰し、活動をはじめていたため、うつを中途半端な状態で抱えることになってしまっていたと思うのです。

休んで少したまったエネルギーを、すぐに動いてしまい使い果たしてしまう。結局心身の不調は良くなったり、
悪くなったりを繰り返してしまう。こういう状態は自分自身でも「良くなっているのか、悪くなっているのか」という迷いに繋がります。

ところが入院してしまうと、少し元気になった(と感じた)からといって動くことはできません。
おとなしく寝ていなければなりません。こうしてエネルギーを回復していったのだと思います。

その21 一日10時間の受勉強験

会社を辞めた私は早速、臨床心理士の資格について調べはじめました。
まず、資格取得が可能な大学院に入学する。

健常なときであれば、このような非現実的な人生の目標を立てたりはしないのでしょうが、当時は病のために判断力が落ちているうえ、「早く元気になりたい」という焦りの気持も大きくなっています。休職後少し体力を回復してきたこともあり

そのために、大学院受験用の予備校の通信講座に申しこみ、テキストを購入し・・・
「試験によく出る英単語」をまた買ってきて、英単語を丸暗記し、高校生向け・・・
フロイトユング、ロジャースなどの初学者向けの入門書を読み・・・

朝から家にこもり、黙々と勉強を続けます。一日10時間は机にむかったでしょうか。

久しぶりの受験生としての生活は、それなりに面白く、新鮮であり充実していました。
最初のひと月までは・・・

勉強をはじめてひと月ばかりたったころでしょうか。
また頭が重たく、重たい疲労感がぶり返してきました。

机に向かっていても集中もできないし、頭もまわりません。

勉強を始めたとき、ちょうど会社を休職していたあとでしたから、ある程度体力は回復してきていたのです。
そんなときは短い期間であるなら、無理は効いてしまいます。

しかしちょうどひと月たったところで、少し回復して取り戻したエネルギーの貯金を使い果たしてしまったのでしょう。

休養しある程度回復したところで少しづつ日常生活に慣れていけばよかったのでしょうが、無理に勉強などして
エネルギーを使い果たしてしまったら、もう動けないのです。

医者に行ってみると「受験勉強をストップしてください」との指示。
言われなくたってこんな状態では受験を断念するしかありません。

会社に残っていれば、とりあえず食い扶持には困らなかったかもしれませんが、会社は
とうに辞めていて、収入がないうえに体を壊していまい、招来の展望を失い・・・

私は途方に暮れてしまいました。

その20 会社を辞める

「心をケアする仕事がしたい」

この本のタイトルに妙に心を惹かれてしまい、迷うことなく購入し夢中になって読み始めました。

「今まで、ずっとモノを売り、お金を儲けることに一生懸命になってきた。でももう営業はできないのだし、
ここで人生の方向を変えてやろう。」

そんなことを考えた私は心理系の仕事について調べ始めます。

私はすっかりその気になってしまいました。

「人生の方向転換をする」というビジョンに夢中になってしまったのです。

ところで・・・・

このときの自分の決断が正しかったのかと言えばそうではありません。

むしろ大きな失敗をしたと今では考えています。

確かに今はカウンセラーとして活動をしておりますが、だからといって、体調が悪く、現実を吟味する能力が著しく落ちているこの時期に「会社を辞める」などという「大きな人生の決断」などするべきではなかったのです。

うつ状態」のときには、「自分が生きている意味」を真剣に考えてしまったり、「なぜ生きているのだろう」という問いに苦しむことがよくあります。

この時の自分がまさにこんな状態だったのでしょう。

しかし、私は勢いに任せて辞表を提出してしまいました。

臨床心理士の資格を取得する。そのために大学院を受験する」

こんな無謀な目標をたてて実行に移し始めます。

思えばこの誤った決断のおかげで、私は大きな人生のピンチを迎えることになります。